デス・オーバチュア
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「南の支配者、奔放たる赤の魔王よ! 血の根元たる夜の王よ!」 クロスの体中から赤い光と衝撃が放たれていく。 「我は汝、汝は我なり、受けよ、赤き戦慄! 赤流剣山(せきりゅうけんざん)!」 クロスの体中から放たれていた赤い光が集束し、アクセルに直撃した。 「赤い血の華を咲かせっ!」 「…………」 しかし、何も起こらない。 赤光の直撃を受けたアクセルは平然と立ったままだ。 「あははっ、やっぱり同じ技は二度効かないか?」 クロスは失敗失敗といった感じで言う。 最初からあまり期待していなかったかのように、たいしてショックは受けていないようだった。 「解っていて試したのだろう?」 「まあね、なんとなく効かない気がしたのよ。七霊魔術だけでなく、今度は魔王クラスとの契約魔術も効かないんじゃないかな〜って……で、種明かししてくれると助かるんだけど?」 「別に種などない。あえて言うなら……こういうことだ」 アクセルの身体の周りを黒光が薄膜のように取り巻く。 「闘気? 魔力? それで赤流剣山の肉体内部への干渉を遮断したって言うの?」 「限りなく暗黒闘気に近い、魔属性の強い闘気……さしずめ魔闘気とでも言ったところか。ありとあらゆる魔力干渉……すなわち魔術魔法を弾き、大抵の物理攻撃は遮断する……要はガルディアの神闘気の『魔属』版だ」 「はっ……誇り高い魔の闘気ってわけね……そんな闘気を持ってるなんて、あなた、魔族の混血か何かだったの?」 「そこまで濃くはない、先祖が魔族というだけの話だ。魔闘気(こんなもの)は、闇皇の一族の暗黒闘気に比べれば紛い物に過ぎん……」 「闇皇……魔眼王か、確かに一度会ってみたい存在ね。最凶の魔眼、最強の闘気、最悪の瘴気……絶対悪の存在」 「ならば、しばらくじっとしているといい。法陣に緑水晶柱の代わりの力を注ぎ込み、満月を中天に迎えた瞬間、彼の皇はこの地に降臨する!」 アクセルの存在が一瞬にしてクロスの眼前から、倒れているネツァクの側に移動した。 「何を!?」 アクセルはネツァクの紫色の外衣(マント)を剥ぎ取る。 「セルのマント!? まさか、それを着る気!? セル……翠色の魔王に乗っ取られるのが落ちよ!」 クロスは口ではそう言いながらも、この男なら逆にセルを押さえ込み、その力だけを自分の物のしてしまうような気がしていた。 「そうではない。これは今でこそネツァクの色である紫苑に染まっているが、元々は属性を持たぬ純粋なる魔力の塊……魔力の貯蔵器にして増幅器……纏う者の質によってその色は無限に変化する……」 紫が抜け落ち透明に変色していくマントの上に二個の宝石が出現する。 宝石の中には翼を持つ人型……天使のようなモノが封じ込められていた。 「これはホドとゲブラーの天使核だ。ホドの天使核に封じ込められているのは風の要素を持つ天使ラファエル……さらにゲブラーの天使核に封じ込められている破壊の要素を持つ天使であるカマエルの力を吸収統合させ……魔王の外衣で調整と増幅させる」 アクセルは外衣ごしの掌で二つの天使核を強く握りしめる。 アクセルが掌を開くと、二つの天使核は消え去っており、代わりに緑色の輝きを放つ水晶柱が浮いていた。 「疑似……偽物だが、一度の召喚なら充分風の水晶柱の代わりになる」 アクセルは魔法陣の唯一欠けていた一角に水晶柱を投げつける。 七つ、七色の水晶柱が揃い、魔法陣の六芒星が改めて虹色の輝きを放ちだした。 「まさか、最初からこうなる……こうする予定だったとか言わないわよね? そこまで未来の展開を予測できるはずが……そうか、アトロポス!?」 「その通りだ、遍在の女神の未来予測で、ネツァクが翠色の魔王の力を得て戻ってくるのは予め解っていた。ネツァクの色に染まり欠けているとはいえ、それ以前の風の色……属性の力はかなり外衣に残っているはず、これなら緑水晶柱の代わりになると思った。仮にそれが駄目だった時は、少し力不足だが、風の天使ラファエルの天使核をホドから抜き出して使えばいい……結果は、どちらも使えそうだったので、二つを材料に疑似水晶柱を作ってみたのだが……想像以上に上手くいったようだ」 誇るわけでも、喜ぶわけでもなく、アクセルはただ聞かれたから答えたと言った感じで、淡々と説明する。 「………紫苑もホドとかいう奴も……あんたの道具……いいえ、まるで駒ね……」 目の前の仮面の男は、部下を利用したことを欠片も悪いなどと思ってもいないようだ。 「なあに、もうこの外衣に用はない、ちゃんとネツァクに返す。ホドとゲブラーの天使核も、誰かが彼らを蘇らせた時には、ちゃんと彼らの元に戻るようにしてある。要は少しばかり協力をというか……文字通り『力』を貸してもらっただけだ。同志なのだから、そのくらいの助力は求めても構わぬだろう?」 「同志ね……どうせ、魔眼皇の召喚なんて目的は、その同志にさえ隠していたんでしょう? 他に適当な目的をでっち上げて……」 「ほう、良く解るな」 「パターンよ、パターン。大抵、悪の首領なんて、部下さえ騙している極悪人に決まってるもの!」 「悪か……では、その悪の根元を前にして、お前はどうするのだ?」 「決まってるでしょう! この拳で打ち砕くのよ、悪の野望をっ!」 クロスは宣言と同時に、握りしめた左拳を前に突き出す。 「そうか……では、やってみるといい。満月が中天に満ちるまで暇なのでな……お前につきあってやろう」 アクセルは右手で異界竜の牙を振りかぶった。 「完全に魔術は捨てたわ、あなたはこの拳だけで倒してあげる!」 クロスは、胸の前で両手の拳をぶつけ合わせる。 「輝き叫べ、神魔(しんま)の拳! 打ち砕け、あたしのシルヴァーナ(銀光)! 舞い上がれ、あたしの中のセレスティナ(神の鼓動)!」 クロスの両手袋に埋め込まれた赤い宝石の中に六芒星が浮かび上がると、赤と銀の閃光を放ち、アクセルの視界を奪い去った。 「ん〜、悪くはないわね。悪趣味な金ピカとかだったらどうしようかと思ったわ」 クロスの両手には銀色に輝く壮麗な籠手が装着されていた。 「手甲か……それで私の牙と打ち合えると思っているのか?」 「ええ、思っているわよ。その剣があなたの牙なら、この『拳』こそがあたしの新しい牙! 大嫌いな奴のプレゼントだけど、最高に気に入ったわ!」 クロスは指を動かしてみたり、拳を打ち合わせてみたりする。 まったく重量や負荷を感じない、何もつけていないかのように指や手首もスムーズ過ぎるほど器用に動かせた。 この籠手は、常時、シルバーナックルを放つ瞬間のような力の充実感を両手に与えてくれる。 体中から、魔力と、魔力とは違うもう一つの真逆の力が引き出されてくるような気もした。 「今なら、あたしは誰にも負ける気がしない! 神様だろうが、魔王だろうが、打ち砕くのみっ! 滅殺! 我が銀光の拳に滅ぼせぬモノ無しっ!」 「フッ、まさに唯我独尊の拳と言ったところか……良かろう、お前の拳と、私の牙、打ち砕かれるのはどちらか……試してみるか!?」 アクセルは一歩で間合いを詰めると、異界竜の牙を振り下ろす。 閃光と轟音が響いた。 異界竜の牙と銀色の籠手が交錯した、だたそれだけで生まれた輝きと音である。 牙は、クロスの左手の上段受けであっさりと受け止められていた。 「ほう……互角以上の硬度を持つというのか……この世のあらゆる物質を噛み砕く異界竜の牙と……その手甲、いったい何でできている?」 「さあね。取説には神銀鋼(しんぎんこう)と重圧変化精神感応金属(オリハルコン)と魔法銀(ミスリル)と後一つ魔界最高の鉱物だかの長所だけを際立たせた合金製って書いてあったけどね!」 クロスは左手を跳ね上げて、牙を上に逸らすと同時に、右手をアクセルの腹部に叩き込む。 「ぐっ!?」 爆音と共に、アクセルの姿が地を滑るように後退した。 「魔闘気ごしでこの衝撃……生身だったら、風穴が穿かれていたな……」 「今のは普通に軽く殴っただけよ。まあ、この籠手、あたしの魔力や、それ以外の力まで、とにかくエナジーというエナジーを拳に収束させて、爆発させるように高めてくれてるみたいなんだけどね……要は常時シルバーナックル状態ってところね」 「フッ、そんな程度のものではないさ……」 この銀髪の少女は、自分の持つ手甲の価値を、凄さをまだ自覚していない。 以前、戦った時、シルバーナックルなど、掌に少し魔闘気を集中しただけで、あっさり受け止めることができた。 少女曰くただ殴っただけという拳は、あの時のシルバーナックルなど遙かに超えた威力を持っていた。 それは手甲の能力だけではない。 少女自身の力も、あの時とは別人のように何倍、いや、何十倍にまで高まっているのがアクセルには解った。 「まったく、お前はいったい何者だ? 先程の宣言通り、本当に魔王とすら殴り合えるかもしれないな」 アクセルは苦笑する。 半分は冗談だったが、残り半分は本気の発言だった。 あの手甲の能力と、少女の潜在能力を全て引き出せたら、少女はきっと魔王にも匹敵する強さを得る……もしかしたら、魔王を凌駕するかも……。 「では、私も全力で……牙の力と魔闘気を全開にまで引き上げてお相手しよう。フフフッ、全力を出すなど、生まれて初めてのことだ。何かこう……妙な充実感と期待感……ワクワクとしてくるな……こんな感情を感じるのも生まれて始めてだ」 アクセルの体中から凄まじい勢いで魔闘気が溢れ出した。 「何よ? 戦いの充実感? 全力を出すことの爽快感? そんなもの、あたしはいつでも感じてるわよ! だからこそ、戦いは楽しいのよ! 病みつきになるわよ、この快感!」 クロスは常時かってに拳に集まっていくエナジーを、自ら意識してさらに激しく拳に収束させていく。 シルバーナックルの何十倍、下手をすれば何百倍もの『力』が両拳に集まっていくのが感じられた。 「うわ……自分でもこれヤバイ感じがするわ……戦闘終わったら、勝っても、エナジー使い切って死んでたりして……」 誰よりもよく知っているはずの自分自身のことが解らなくなる。 常人の三倍ぐらいの魔力があるとはよく言われたし、実際に計ったこともあった。 でも、もはや、三倍どころではない。 常人の五倍、六倍……十倍? 三十倍!? 自分の魔力の底が解らない、際限なく身体の奥底から魔力が引き上げられて拳に集まっていく……怖い、自分のことが得体の知れない化け物に思えてきた。 あるいはこれは以前やった用に、生命力や、この世界に存在するための力そのものを魔力……破壊力に変えているのかもしれない。 「いや、魔力って言うよりエナジーよねっ! まさに!」 轟音、爆音、閃光。 アクセルの牙と、クロスの拳が衝突する度に、凄まじい音と輝きが世界を支配した。 シルバーナックルの要に魔力だけが注がれているのではない。 魔力、闘気、精気、ありとあらゆる力が、身体の奥底から無理矢理汲み上げられて、拳だけに集まっていくのだ。 この調子で、汲み上げられ続けたら、クロスティーナ・カレン・ハイオールドという存在の力の『井戸』はすぐに枯れ果ててしまうだろう。 いや、枯れなければおかしいのだ。 無尽蔵の力など人間ごときが持つはずがない。 それは魔王とか神とか呼ばれる存在のみに許された力だ。 魔王や神とて本当に無尽蔵や無限の力を持っているわけではない、ただ矮小な存在である人間から見たら、一生、いや、数百、数千回生まれ変わっても使い切れない程の大量の力だから、無尽蔵にすら見えるのである。 「いつまで保つかなんて解らない……だから、逆にセーブなんてしてられない! 一気に決めさせてもらうわよ!」 クロスは拳の連打を速めた。 アクセルの牙も速度を増し、それを迎撃してくる。 終わりの見えない牙と拳の衝突の繰り返しだ。 この純粋なる力と力のぶつかり合い、衝突が終わるのはどちらかの力……エナジーが尽きた時だろう。 アクセルの牙の一撃も、クロスの拳の一撃も、相手に決まりさえすれば、一撃で相手を跡形もなく消し飛ばして、余りある威力を有していた。 例えるなら、牙と拳の一発ずつが、ネツァクの必殺技である紫煌の終焉と同等、あるいは凌駕する威力を持っているのである。 二人の力のレベルはとっくの昔に、人間どころか、並の魔族すら遙かに超えていた。 高位下級から魔王まで。 高位魔族の域にまで達した力と力は、高位魔族の最高峰である魔王の域を目指して休むことなく高まり続けていた。 「馬鹿が、自分の娘を自滅させる気か?」 ルーファスの氷の瞳は、空間を超えて、アクセルとクロスの死闘を見つめていた。 まず、アクセル・ハイエンド、あれも充分異常、異端だ。 たかが、魔眼王の部下の高位魔族の一人を先祖に持つ、魔族の末裔に過ぎない存在……それが今や高位魔族そのもの域に達し、魔王の域にすら届きそうな力を発揮しているのである。 いくら、近親婚を繰り返し純度を保ったとしても、祖である高位魔族を超える域になど到達できるはずもなかった。 いったい、同族以外の何と? どんな化け物と交わればあんな『怪物』が生まれるのだろうか? それとも、アクセルが突然変異的に生まれた天才というだけか? 「確かに、ネツァクとセルみたいな似ているけど別人の力……異質な力じゃない分、負荷は少ないだろうが、限度がある……」 アクセルの怪物具合も気になるが、今の問題はクロスだった。 ネツァクが、セルの魔力に耐えられないのは別人の力だからである。 ネツァクという存在の肉体は、セルの魔力を使うのに適していない、魔力の出力と量の強さに肉体が耐え切れないのだ。 そこがクロスとは違う。 クロスが使っているのは、あくまで自分自身の眠れる力……潜在能力だ。 ゆえに、相性的に身体に合わないということはない。 しかし、それでも限度というものがあった。 あの無尽蔵とも言える『力』を使いこなせる程、クロスの『肉体』と『精神』はまだ完成されていない。 クロスが成長と修行の果てにいつかは必ず使えるようになる力とはいえ、今はまだ使うには早い力なのだ。 自分自身からの力の前借りとでも言った行為。 その代償は……。 「将来的に魔王になれる素質、素養があるからって……今、魔王のように強いわけじゃない……第一、その要素はお前のモノであって、ある意味ではお前のモノじゃない。まだ、馴染み切っていないんだよ」 今はまだ、別人格のモノとして眠らせておくべき力なのだ。 「挙げ句の果てに……何を神気まで引きだしていやがる。お前は魔属と神属の力を同時に使い分けたり、融合させて使うなんて器用なことが出来る程の経験を積んでいないだろうが……この馬鹿が!」 潜在体質的に、アクセルとクロスでは決定的に違うところがある。 それは属性。 一般的な無力な人間は、神属でもあり魔属でもあり、そのどちらでもない、どちらにも成りきれない中途半端な存在だ。 属性として固定されるほど、どちらかに明確に寄った力の質をしていないのである。 これが魔族の場合は、100%の魔属、神族なら100%の神属といった感じに、属性が定まっているのが普通だ。 人間と言うのは、良く言えば神にも魔にもなれる『可能性』を持つ者、悪く言えばどちらにも成りきれない半端者だ。 ところが、人間にも例外が存在する。 それが人間でない者の血を引くなり、魂を持って生まれた、才能を持つ者と、修行の末、人間の限界を超えた者達だ。 例えば、アクセルなどは70〜90%の魔属、もはや人間としての要素のが少ない、限りなく魔族に近い人間になっている。 この属性比率が、クロスの場合、神属45% 魔属45% 未分類10%というかくも珍しい比率になっているのだ。 これは、どちらにも成りきれない一般人とは違う。 一般人の場合、未分類100%だ。 まだ、魔としても神としても確立してない、半端者、それが一般人、ただの人間。 将来的に魔族にも神族にもなれる『才能』を持つ人間、それがクロスだ。 今までのクロスという人格、存在は表に出ているのは未分類10%で、時々、底力として神や魔の力をほんのちょっとだけ引き出していたに過ぎない。 「あの調子なら肉体も精神も絶対に自己崩壊する……まあ、それより速くアクセルの奴を倒せれば話は別だが……無理だろうな」 アクセルは、自分の力を自分の意志と経験で見事に制御しきっていた。 「まあ、クロスが廃人になろうが、爆発四散しようが、俺には本来関係ないのだが……」 なんとなく気にくわない。 「さて、どうしたものかな……ん? 来たか。まあ、せいぜい破滅に向かう代償の力で頑張るんだな、クロス。我が身を犠牲にして巨悪を倒すってのは正義の味方のお約束だろう?」 用事ができたルーファスは、あっさりとクロスを見捨てると、姿を掻き消した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |